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壁画制作プロジェクトー栗林隆作品「The Path to the Reversal site」(2025-)を巡って|天野太郎(東京オペラシティアートギャラリー チーフキュレーター)

壁画制作プロジェクト

栗林隆の作品が展示されているアーティストの成長・交流拠点施設「Artist Cafe Fukuoka」は、福岡市中央区にあった旧舞鶴中学校の一部を利用した施設内にあります。今回、栗林が選ばれたのは、福岡市が推進するアートのまちづくり事業「FaN」(Fukuoka Art Next)の一環として、福岡市内の各地で開かれるアートイベントFaN Week 2023の特別企画として、栗林隆+CINEMA CARAVAN(アーティスト・コレクティヴ) による元気炉、Tanker Project といった作品を展示したことが契機となっています。

さて、栗林が現地制作した作品は、元中学校の教室(分野や領域を超えた多様な交流を目的としたコミュニティスペースでカフェを併設)の壁面に描かれた壁画です。

栗林自身は、武蔵野美術大学で日本画を学び、その後、ドイツのカッセル大学、デュッセルドルフ美術アカデミーに留学、2013年からは、インドネシアのジョグジャカルタにも拠点を置き、今日では、絵画作品というより、立体的、建築的なインスタレーション作品で知られています。ということで、今回の壁画制作は、久々の平面作品への取り組みになりました。

実際に作品を観てみると、画面左には、手前に草木が描かれ、その背後には山々が連なっています。中央には白い地平線なのか水平線なのかはわかりませんが、余白があり、そこに木々が何本か見えます。中央には、栗林の代表作「元気炉」のフォルム、そして、これも現在進行中のタンカー・プロジェクトが黒く配されています。快晴の空ではなくどんよりとした雲が重く描かれています。そして、画面中央からやや右のあたりに中心は空けて放射線状に鏡が貼られています。

ところで、今回栗林が描いた絵画は、一般的には壁画と呼ばれています。額装された絵画とはその形式も意図も異なります。額の歴史自体は古代ギリシャ人たちやローマ人たちが建物の床に描いたモザイク壁画の床と壁の間に施された縁取りが、絵画の額縁の起源として見ることができます。とはいえ、ここで言う額は、移動可能な額装された絵画を想定していますので、その歴史は、15世紀のルネサンスが始まりとされています。レオナルド・ダ・ヴィンチがサン・フランチェスコ・グランデ教会礼拝堂の祭壇画のために描いた、『岩窟の聖母』(1483-1486)が、先に職人によって作られた枠組み=額に合わせて描くよう依頼されたとされたのが、額装された絵画の最初と言われています。このように見ると、額に入れられることで絵画は、移動可能となり、その展示の場所も一つではないことを意味しています。つまり、その後、流通の対象としても機能します。

一方の壁画は、当然のことながら移動は出来ません。アルタミラの洞窟壁画も、ラスコーの洞窟壁画も、そこにあり続けたお陰で後年発見されました。それらは、今日の鑑賞を目的とする絵画ではなく、宗教的(祈り)な意味や言語ではない手段のコミュニケーションの手段でした。ところで、18世紀までの美術作品(宗教的な対象も)は注文によって制作されました。その注文主は、権力者や王侯貴族、あるいは教会、寺社仏閣からでした。19世紀以降、民主的な国家が成立するとそうした階層の人々から一般の市民が美術を支える主役となり、アーティストの意志で制作された作品が、購買の対象となります。こうした流れの中で、持ち運びができない壁画は、少なくとも市場の購買の対象から外れてしまいます。こういう状況の中で、特にヨーロッパでは19世紀末から20世紀初頭にかけて、当時の前衛的な芸術家の多くに共通していたのは、額装された絵画は商業主義の産物であり、中産階級の人々の自宅を飾る調度品に近いものであり、これに対し新しい時代の芸術家はむしろより公共性の高いモニュメンタルな作品を志向すべきという思想がありました。つまり、壁画という形式に注目した訳です。同じような歴史的な背景ではありませんが、今回の栗林が制作した壁画は、今後「Artist Cafe Fukuoka」の施設内の壁面を飾る壁画のプロジェクトのスタートして位置付けられ、公共性の高い開かれた作品として位置づけられると思われます。そして、それは単なる装飾性の強い作品ではなく様々な様相を有しています。

先述したように、栗林の壁画には、画面中央からやや右のあたりに中心は空けて放射線状に鏡が貼られています。鏡=ガラスの使用の発想は、栗林が、原発事故以降福島に通い、原子力を学ぶ中で、ガラスや鏡が原子炉に使われている事を知り、元気炉と言う作品に辿り着く中で生まれました。また、この壁画は、確かに栗林自身の「手業」によって描かれたものですが、そこに鏡というすでに在るモノを作品に取り入れています。いわゆる「コラージュ」の技法です。実際に描かれた草木や山、空のイメージは、栗林自身のこれまで様々な国々を巡った時のイメージや、場合によっては、夢の中で現れた私的なイメージが採用されていますが、そこに貼られた鏡は、原子力発電所で使用済み燃料という公共のテーマを引き出してくれます。また、この鏡は、壁画が展示された部屋の内部を映し出すだけでなく、鑑賞者もまた否応なく自身の姿をそこに見出すことになります。興味深いことですが、こうした鏡に反射される=リフレクション(reflection)という言葉には、もう一つ、過去の過ちや失敗の原因を分析し、悪かった点を改善して、同じ失敗の再発を防ぐという意味も含意しています。平明な作品でありながら、ここでは様々な社会の積層された様相が表現されています。

天野太郎
東京オペラシティアートギャラリー
チーフ・キュレーター

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天野太郎
東京オペラシティギャラリー チーフ・キュレーター。北海道立近代美術館勤務を経て、1987年の開設準備室より27年あまりの長きにわたり横浜美術館に勤務し、森村泰昌展や奈良美智展など数々の展覧会を手掛ける。また、「横浜トリエンナーレ」のキュレーター(2005)、キュレトリアル・ヘッド(2011,2014)、札幌国際芸術祭2020統括ディレクター(2018-2021)を務める。

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