
【アート×企業】インタビューシリーズ vol.4 JR九州旅客鉄道株式会社
マッチング
Artist Cafe Fukuoka では、福岡にゆかりのあるアーティストと企業のマッチングを促進し、新たな出会いと販路拡張につなげるためのサポート事業を行っています。本連載ではその実装事例をピックアップしてご紹介します。第四弾は、九州旅客鉄道株式会社(以下JR九州)が運行する新D&S列車特急「かんぱち・いちろく」(以下特急「かんぱち・いちろく」)へのアート作品導入に向けた取り組みです。Artist Cafe Fukuokaは、本事業において福岡にゆかりのあるアーティストのマッチングのサポートを行いました。
本取り組みについては、JR九州鉄道事業本部営業部営業課観光・D&Sの松本拓也さんにお話を伺いました。インタビュアーは、ACFアドバイザーで株式会社三声舎の三好剛平さんとフリーコーディネーターの月田尚子さんです。

沿線地域が主役となるような観光列車を目指して
三好:特急「かんぱち・いちろく」のプロジェクト概要を教えていただけますか?
松本:特急「かんぱち・いちろく」は 2024年4月26日に運行を開始しました。その契機は、2024年の春にJR グループ全体で実施する大型の送客キャンペーン「デスティネーションキャンペーン」の対象地域として、福岡県と大分県が選ばれたことです。JR九州は、その時期にあわせて、福岡と大分を結ぶ区間に新たな観光列車を走らせようと動き出しました。
福岡と大分をつなぐ路線の中でも、特に風光明媚で、かつコロナ以降インバウンドのお客様に人気がある路線の久大本線で運行することになったのですが、この区間では、既に観光列車の「ゆふいんの森号」や「或る列車」が走っていました。そこで、それらと異なる列車をつくる必要があり、鹿児島のデザイン会社IFOOさまと共に新たな列車のコンセプトを開発しました。そういう意味も含め、私たちにとっては挑戦的なことではありましたが、2024年4月に 特急「かんぱち・いちろく」をデビューさせることになりました。
三好:既存の観光列車とは異なる、新たな列車のコンセプトは、どのような経緯で決まっていったのでしょうか?
松本:コンセプトについては、IFOOさまと私たちで何十回も協議を重ねてきました。その中で、特急「かんぱち・いちろく」は、発着地だけでなく沿線に焦点をあてる列車として既存の列車と差別化を図りたい、沿線地域が主役となるような列車にしたい、という意見が出てきました。久大本線の沿線には、豊かな風土をもった地域がいくつもあります。それらの特徴を、車内のデザインや食など様々な形で散りばめる「沿線の地域文化を知ってもらう列車」というコンセプトがまとまっていきました。
三好:そのように決まっていった列車のコンセプトや方向性を表現するものとして、「アート」というアイデアが出てきたのだと思います。しかし、乗客の体験価値を高める装置という意味では、他にも様々な選択肢があると思います。その中で、なぜアートが選ばれたのでしょうか?
松本:IFOOさまと共に車内のデザインを考えていく過程で、壁面にアートを飾るという案が生まれていきました。でも、せっかくアート作品を設置するなら、作品に意味をもたせた方がいい。そうすれば、D&S(デザイン&ストーリー)列車の「物語」部分に深みをもたせることが出来るのではないか、と考えました。ただ、私たちは、アーティストに作品を描いてもらい車内に設置する、という経験がほぼありませんし、アーティストとのネットワークもありませんので、大分県のNPO法人BEPPU PROJECTさまとYamaide Art Officeの山出さまに、アーティストの選定や、アーティストとの間に入って私たちの想いを伝えていただくことなどをお願いしました。
BEPPU PROJECTさまは、JR九州が主催した「九州観光まちづくりAWARD」の2023年の大賞を受賞したこともあって、お仕事の面でもぜひご一緒してみたいと考えていたこともあります。

アートを通して、お客様を物語の入り口に誘う
三好:列車にアートを取り入れるという案は、車内で「物語」の体験を深めるのに最適だろうということでスムーズに決まっていったのでしょうか?
松本:そうですね。さらに言えば、福岡や大分はアートの活動が盛んということもあり、そのこともこの列車で発信出来ればという思いもありました。
三好:今回、初めて列車にアートを取り入れてみるなかで、難しかった点はありましたか?
松本:今回は、山出さまに間に入っていただきながら進めましたので、正直に言うと、ハードルは高く感じませんでした。ただ、私たちがアートを通して何を伝えたいのか、お客様にどう感じとって欲しいのかという部分は、しっかりと考えてお伝えしました。アーティストの選定やその部分の伝え方は難しかったですが、作品についてはお任せしていましたし、出来上がったものも納得できるものだったので、特に問題なかったです。
三好:なるほど。きちんと進行できるディレクターがいたので、スムーズにやれたということですね。
他の企業によるアートの事例では、企業側とディレクターとのあいだで何を共有できているかによって成否が分かれる印象もありますが、この事例では具体的に、どのような内容をディレクターにお伝えされましたか?
松本:アートを通して、お客様を「物語の入り口まで連れて行ってくれるもの」になるようにお願いしました。感じとるものは、お客様それぞれで違っていいと思っています。ですので、作品もあえて抽象的で、作品を見て物語を想像できるような、そんな作品にして欲しい、とお伝えしました。
三好:先ほど、アーティスト選定が難しかったともお話されていましたが、ディレクター陣から提案されたアーティスト候補に対して、今度は松本さんが社内に持ち帰り、好みや感覚論ではない理由立てで「誰を採用するか」の了解を取り付ける場面もあったのではないかと思います。どのように進められましたか?
松本:その点については非常に難しかったです。もちろん私一人で決めるわけではなく社内で協議していくのですが、こういう目的でアートを取り入れていくという話は、事前に役員に伝えて、作品の選定については一任してもらっていました。アートというと一般的には絵画を思い浮かべると思うのですが、提案には立体作品や身体をつかって表現をするアーティストもいて「こんなアートもあるんだ」と非常に刺激的でした。ですので、私たちがそこで選定するというよりは、ご提案いただいたアーティストで進めましょうという形でした。
三好:では、作家や作品数については、あらかじめ想定していた数の通りあがってきたという感じでしょうか?
松本:はい、そうですね。
月田:今回の作品は、すべてオリジナルで制作したものになるのでしょうか?
松本:はい、そうです。ディレクターの山出さまから、この空間に設置するのであれば、1名のアーティストが24作品つくるのではなく、10組のアーティストで24作品つくりましょうと提案がありました。
月田:展示場所は既に決まっていたのですか?
松本:そうですね。展示場所はある程度は決まっていたのですが、この作品をここに設置するなら高さの調整が必要になる、という場面もありました。ただその辺りは、私たちとディレクター、そして車両製造部門とも協議の上、調整していきました。
三好:実際に出来上がった作品を見たときはいかがでしたか?
松本:完成前の過程は少し拝見していたものの、完成品を見ると色味や色の塗り方、表現が全然違っていました。「これは何を表現しているんだろう?」と思うものもありましたが、事前に、アーティストの思いや表現の方向性をまとめた資料をいただいていたので、その表現の幅に感心したのと同時に「これは絶対お客様に喜んでいただける」と確信しました。

アート導入による社内やお客様の反応
三好:企業がアートを取り入れる際に、担当者が上長や同僚、お客様にその説明をする時、うまく説明できずに困るという事が起こりがちです。松本さんの場合は、アーティストの言葉をまとめたその資料などが、良い説明材料になったということでしょうか?
松本:そうですね。まず、私たちの意図をアーティストがどのように汲み取って作品にしてくれたかということについては、しっかり理解しておくように心がけました。ただし、お客様に対しては、それぞれの感性で受け取って欲しいと思っていますので、車内に設置した作品の近くには、敢えて説明文も掲示はしていません。より深く知りたいと思うお客様には、Webサイトをご紹介しています。また客室乗務員も、作品について尋ねられた際はしっかりと説明できるようにしています。
三好:アートを車両に導入していく際に大変だったことなどありましたか?
松本:作品を導入する前の段階で、アーティストとディレクター、私たちとデザイン会社が密にコミュニケーションを取っていたので、設置はイメージ通りに進みました。
三好:お話を聞いていると、一つ一つの場面ごとに、アーティストも含むプロジェクトメンバー全員で丁寧に進められてたことが分かりますね。
実際にこのプロジェクトを進めていった中で、社内ではどのような変化がありましたか?
松本:社内で劇的な変化があるわけではありませんが、特急「かんぱち・いちろく」にアートを取り入れたことで、アートに対するハードルはかなり下がったような気がします。私たちの部署は観光D&Sという鉄道事業を中心に九州各県の観光を発展させる観光素材の発掘や紹介を行うキャンペーンを実施しています。そういう意味では、列車だけではなく、私たちが知らないところにもアートという存在があることが分かり、視野が広がったように感じます。
三好:お客様からの反響はいかがですか?
松本:お客様からは大変好評をいただいています。いい意味で作品が車内空間に馴染んでいて主張しすぎない。でも作品が沿線地域の物語を語ってくれているものになっていると感じます。特急「かんぱち・いちろく」は、幅広い年齢層のお客様がご乗車になられますが、とても興味を持って作品を見てくださったり、車内の散策をされたり、私たちが伝えたい思いを感じ取ってくださるお客様が多くいらっしゃいます。アートがより沿線地域の物語に深みをもたらしてくれていると感じます。
三好:言ってみれば、「走る美術館」みたいなものですね。
月田:特急「かんぱち・いちろく」は、運行時間が約5時間なので、美術館より滞在時間が長くなりますよね。それだけ、深い作品体験が出来る場所なんだなと感じました。
松本:そうですね。作品を見て、Webサイト上のアーティストの言葉を読んでいるお客様もいますし、アーティストについて質問されたり、作品は販売していませんか?と尋ねるお客様もいらっしゃいます。この列車を通して、アーティストのご紹介含め、福岡や大分はアートが盛んな地域なのだということを伝えられたらいいなと思っています。
三好:「沿線地域を主役にする」というお話がありましたが、それぞれの作品では、アーティスト別に担当地域の振り分けなどはあったのでしょうか?
松本:表現していただきたい地域とその内容、例えば、その土地の自然なのか、伝統文化なのか。その辺については制作していただく前に話し合いを行いました。
三好:プロジェクトスタートから運行開始までには、どれくらいの期間がかかりましたか?
松本:2022年ごろからコンセプト開発に着手しましたが、アートの導入が決まってから運行までは1年弱くらいですね。かなり急ピッチでやっていただきました。
三好:それにも関わらず、ここまで丁寧に進められたのは、素晴らしいですね。

アートは、企業が表現できないものを表現してくれる重要な役割
三好:今回のプロジェクトを通して、民間企業がアートを取り入れていくことの意義や手ごたえのようなものがあれば教えてください。
松本:アーティストは、私たちが表現できないものを表現してくれることを実感しました。
私たちの部署名でもある「D&S(デザイン&ストーリー)=デザインと物語のある列車で九州を楽しむ」を提案するJR九州の観光列車において、その「物語」の表現方法のひとつとして、アートは重要な役割を担うことが出来ると感じました。この列車を通して、この沿線地域にはこういう文化があるんだ、と知っていただいたお客様が、実際にそこへ足を運び、アーティストに会いに行くということもあるのではないか。JR九州は、地域を元気にすることを意識して活動しており、列車を通した情報発信も行っています。今回、そのひとつにアートが大きな魅力として加わったと感じています。
今後、私たちがどのような形でアートに関わっていくかは分かりませんが、様々なところでアートに繋がっていけるように、継続してやっていければと思っています。特急「かんぱち・いちろく」で言うと、今回10組のアーティストに参加していただきましたが、例えば今後、新しいアーティストにも参加していただくなど、地域で頑張る作家の方たちが活躍できる場所になっていければと思います。
参加アーティスト(50音順)
天野百恵、生島国宜、オレクトロニカ、柏木 奈々子、国本泰英、ザ・キャビンカンパニー、柴田七美、坪山 小百合、三津木 晶、山室淳平
※Artist cafe fukuokaは、天野百恵、生島国宜、柏木 奈々子、国本泰英、柴田七美、坪山 小百合、三津木 晶、山室淳平のマッチングをサポートしました。